ムーンライト(7)



第一部エピローグ

by kei


人間の体の中にはいったい
どのくらいの水分が入っているんだろう?
どれだけ泣き続ければ
この涙は止まるんだろう。

誰もいない草原の真ん中で
ブルマは一人泣いていた。
両親にも
ヤムチャにも
誰にも気を使うことがないように
彼女は一人エアカーに乗って
泣ける場所を探していた。
はじめて訪れたのがこの草原。
誰もいない高原で
ブルマは泣いた。
まるで小さな子供のように
声をあげてわんわん泣いた。

いくらでも泣けるのだった。
いつまでも泣けるのだった。

ヤムチャを嫌いになったわけではなかった。
それは間違いなかった。
思い出もたくさんあった。
無くしたくない記憶が
ブルマの脳裏を
グルグルと音を立てて駆け巡った。
ヤムチャは
わずか10代の時から
ともにすごした恋人だったから。

ヤムチャのやさしさは
ブルマが一番知っている。
かっこよさも
男らしさも。
あまりのもてように
怒るのはいつもブルマだった。
彼の女性に対するだらしなさには
辟易したけど
それでもヤムチャは
必ず最後にブルマの元に戻ってきた。
それで十分だったはずだった。

でも
終わったのだ。
ブルマの中ではっきりと何かが終わったのだ。

「ごめんね、
ごめんね、ヤムチャ。」

何時間も泣いて、泣いて
泣き続けた。
目がひどくはれて
とてもまだ家には戻れそうになかった。

どのくらい時間がたったのだろうか。

ブルマは泣きながら
疲れて眠ってしまったようだった。
でもまだ陽は高く
頭上にはまぶしい太陽が光り輝いていた。
そんなに長く眠ったわけではなさそうだった。

「まぶし・・・」

ブルマは思わずつぶやいた。

もうヤムチャとは
恋人関係に戻れない。
私の中で
恋は
終わっちゃったんだ。

それを思うとまたブルマの中から
嗚咽がこみ上げてきそうになる。
ブルマは目を閉じたまま
両手で顔を隠そうとした。

そのとき

ザッ・・・。

ブルマの横たわる傍らに
なにかが降り立つ気配がした。

驚いて目をあけた。

「ベジータ。」

ブルマの横に降り立ったのは
ベジータだった。
ベジータは腕を組んだ姿で
薄汚れた戦闘服姿だった。
眉間にしわを寄せ
怒ったようにも見える表情で
ブルマの顔を見下ろしていた。
その姿をみたとき
ブルマは驚いて上半身を起こした。
心臓の高鳴りが
ブルマの感情を乱した。

「…どうして?」

ベジータはそれには答えず
感情のない声で
一言言った。

「貴様こそ何をしているんだ?」

ベジータの黒い瞳が
ブルマをまっすぐ見つめていた。
ブルマは思わず下を向いた。

ベジータは黙っていた。
ブルマはじっとその場に座り込み
ベジータは静かに
彼女を見下ろていた。

「…泣いていたのか。」

ブルマははっと顔をあげた。
ベジータの背後に太陽がちょうど隠れて
ベジータの表情はよく見えなかった。

しかし。
何のためらいもなくぶつけられる言葉だ。
ベジータのその言葉に
甘さも
暖かさも感じられない。
彼は全ての虚飾やごまかしを
まったく許そうとはしないように思えた。

ブルマは黙ってこぶしを握った。

「貴様は弱い生き物だな。」

言葉に詰まるブルマ。
突き放すような一言だ。

「…ひどいこというのね。」

「涙など何の解決にもならん。」

「…か弱い女性が泣いてるんだから
ちょっとは
慰めようって気にはならないの?」

ベジータはいった。

「ならん。」
「…理由も聞かないの」
「興味がない」

そういわれたブルマは
再び肩を震わせた。
ベジータに慰めてもらおうなんて
思っていない。
でも
興味がない、とまで突き放されては
やはり涙を止められなかった。

「どっかに行って。
ほっといてよ。」

ブルマが顔をそむけたままそうつぶやく。

化粧のはげた自分の素顔が
恥ずかしくもあった。
とんでもなく
ひどい顔なんだろうと思う。
しかしそれよりも
まっすぐ自分に向かってくるベジータの視線に
自分が耐えられないと感じた。

ヤムチャとの問題は今始まったことではなく
彼女は彼との違和感に気づきながらも
それに気づかないフリをしていたのだ。

ヤムチャとの暮らしに疑問をもちながらも
一人になるのが恐ろしくて
終わりを迎えることができなくて
自分の内側の声にいままで
耳を傾けていなかったのだ。

現実に向き合っていないのは
…あたしだ。

ベジータは何も言わなかった。
しかし
その場を立ち去りもしなかった。
彼は少し眉をひそめた。
そして顔を正面に向けて
ブルマから少し距離をとった。
南側のよく日があたる場所を選び
そこで彼はふっと空を見上げた。

いつしか夕焼け雲が上空に現れていて
一日の終わりを静かに
彼らに伝えようとしていた。
金色の日差しがやや赤みを帯びて
ベジータの髪を赤く照らしていた。
夕日を浴びて輝くベジータの姿は
まるで一枚の絵のようだった。
ブルマは頬を赤く染めてその姿を見つめた。
なぜか自然に
胸が苦しくなっていく思いがした。

ベジータ…
ベジータはいつも
こうして夕日を見てるんだろうか。
たったひとりで。

ベジータは
腕を組んで
空を見上げていた。
遠くを
遠くを見ているようだった。
その表情はなんだか悲しそうにも見えた。

この空は宇宙につながっている。
暗黒の宇宙に。
でもそこが
ベジータの生まれ育ったふるさとだ。
ベジータは
帰りたいんだろうか、
宇宙に。

夕日の中に
彼の姿が解けていくように思えた。
…ようやく気持ちが落ち着いて
ブルマはベジータのほうに体を向けた。
でもまだ二人の間に距離があった。
何の会話もないまま
時間だけが過ぎて行く。
ブルマとベジータは
無言で向かい合っていた。
青い草の香りがほおを静かになぜた。

やがて日は沈み
夕闇が草原を覆い始めた。
空気のよいこの高原で見る月は青く
天空には見事な天の川が光って見えた。

闇がきた。
やがて
ベジータがブルマの方に歩み寄った。
一歩、二歩と。
そうして
ベジータはブルマのまえにひざをついた。
彼の血で汚れた白い顔が
ブルマの目の前にあった。
美しい、と思った。

ベジータはふっとため息をついた。
表情は険しかったが
決して彼の瞳は
ブルマを責めているように見えなかった。
ベジータの黒い瞳に
夜空の星が映って光った。

ベジータはブルマの肩に向かって
そっと右腕を伸ばした。
ゆっくりゆっくりと腕を伸ばした。
白い手袋が
彼女の体に触れそうになって
ブルマは体を硬くした。
白い指先が
ぼんやり光って見えた。

しかし
ベジータはその手を静かに下ろした。

ベジータはブルマの瞳をしっかりと見つめた。
そしてはっきりといった。

「強く生きろ。
…それが答えだ。」

夏の夜空に
満天の星が輝いていた。


ムーンライトの第一部はこの章で完結です。
次の展開をご期待ください。
カカロットが帰ってきます。

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