ブルマの気持ち

一日の終わりが近づいてきた。
ため息をついたブルマは書類の束をデスクの棚にしまいこんだ。
灰皿がタバコでいっぱいになっていた。

「こんなに仕事熱心だったなんて
知らなかったわ、
自分で。」

タバコの吸殻の上に
また一本それを追加する。
口の中がなんとなく粘ついて感じた。

そっとカップに手を伸ばせば
自分で入れたコーヒーは冷めている。
口をつける気を失った彼女は
小さくため息をついた。

「仕事中毒・・・。」

ブルマは椅子にもたれかかってぼんやり窓から空を眺めた。
青い,青い空だ・・・。

ブルマはヤムチャと別れた、
そう自分では思っている。
事実彼女はもう彼とは寝ていなかった。
あれだけ激しく抱き合ったこともあるのに
ブルマは彼の体に何の未練もなかった。
今でもブルマは彼の体のどこにほくろがあるかとか
彼の鍛えられた筋肉の流れとかを
はっきりと思い浮かべることができる。
だけどもうあの体に組しかれたいとは思わなかった。

セックスしなくなって
ブルマは自由になった。
セックスのない生活がこんなに快適だとは
思いもよらなかったことだ。

ブルマは積極的に働いた。
一人で生きていくのだから
ちゃんと自分で立てる女になろうと思った。
もちろんお金はある。
働かなくても生きていける。
だけど
誰かに支配されて生きるのはいやだと思った。
それはお金の問題じゃなく
強く生きようと願う
心の問題だった。

表面上は何も変わっていない。
ヤムチャとブルマはあいも変わらずカプセルコーポに同居していたからだ。








「ヤムチャ君はさいきんかえりがはやいのう・・・。」

子犬たちにえさをやりながらブリーフ博士がつぶやいた。
白や茶色の毛玉たちが博士の足元で転がってふざけている。
彼はやさしい笑みを浮かべると妻に続けた。

「新しい師範の仕事も長く続きそうだしのう。
いよいよ身を固めるかのう?」
「さあ」

ブルマの母はじょうろを傾けるとにこやかに微笑んだ。

「ブルマさんは気まぐれだもの。
結婚なんて考えていないと思うわ。」
「そんなもんかのう」

其のとき夕日を浴びたヤムチャが帰ってきた。
黄色いスーツを着たヤムチャはとても日に焼けている。

「ただいま帰りました」
「あらあ、ヤムチャちゃんお帰りなさい。
クッキー食べる?」
「はい、いただきます。」
「ほんとにヤムチャちゃんっていい子ね。
いっぱい焼いて待ってたのよ。」
「・・そうですか、うれしいなあ」

ブルマの母はいそいそとヤムチャの手を引いて家の中に入っていく。
ブリーフ博士はその後姿を黙って見送った。
今日もヤムチャを出迎えにこない娘の様子が
気にならないといえば嘘になった。





その頃ブルマは自分の部屋に戻っていた。

食事の時間が迫ってきてるのだが
彼女は部屋の中から出る気がしなかった。

あれから。
ブルマはベジータとはまったく会っていなかった。
ベジータは
ずっと戻ってこない。

彼と過ごしたあの月夜。
すばらしい夜。
光り輝く彼の横顔を
今も覚えている。
獣のようにしなやかな彼のシルエット。
かすかに触れた彼の指は
とても白かった。


そしてヤムチャとの終わりを決心した
あの日。
泣きじゃくるブルマを
ベジータは黙ってみていた。
涙がかれるまで。

ベジータは
腕を組んで
たっていた。
そして
ただ空を見上げていた。
遠くを
遠くを
見ているようだった。
ベジータはブルマに
何も言わなかった。
しかし
その場を立ち去りもしなかった。
彼は少し眉をひそめていた。
表情は険しかった。

決して彼の瞳は
ブルマを責めているように見えなかった。

ベジータはただ、そこにいた。

ヤムチャだったら・・・

ブルマをなだめ、
慰め、
そして彼女を抱こうとしただろう。
そっと腕を回して、
キスをして
彼女の涙を止めようとしたに違いない。

しかし。
ベジータはブルマの指先にさえ
触れようとしなかった。

おもえば。
湖に飛んだ夜も
彼は
「何もしなかった」。
彼の力を持ってすれば
ブルマの体など
指一本で征服できる。
彼女を連れ出したベジータに
ヤムチャが恐怖するのは当然なのだ。
ヤムチャを殺させたのはベジータなのだから。

ましてや彼は
凶暴なサイヤ人・・・なのだ。
女一人陵辱することなど
なんとも思ってないのだろう。
いままでも
犯し
殺して来たに違いない。

本当に
ナメックではじめてみたベジータは
・・・怖かった。

血走った目を大きく開き
体中から血の匂いを撒き散らしながら
容赦なく
フリーザ軍の兵士を殺してしまった彼。

ブルマはその現場を
見てしまった。

そこには何の感情もなかった。
彼の手のひらから
大きな衝撃が発せられて
目の前にあった肉体が
こなごなに砕ける。
びしびしと音がして
肉が飛び散り
毛髪のついた臓物が
空から降ってくる。
赤い雨が降る・・。

こわくて
こわくて
まったく声が出なかった。
見たくないのに
目を閉じることができなかった。

そこにいたのは
返り血を浴びて
無表情にたたずむ
ひとりの男。
ぺろりと赤い舌をだして
手の甲についた肉を
なめ、血をすすった男。







あれは
確かに
ベジータだった。





ああ




あの血まみれの殺人鬼が
ベジータなら
私を抱いて
星空を飛んだあの人は
誰なんだろう??



ブルマは
ポケットから
ちいさなかぎを取り出し
デスクの引出しをそっと開ける。
音がして
半分ほど引出しを開けてから
彼女は
少しためらっている。

奥のほうに隠してあるのは
薄汚れた手袋。
ベジータの手袋だ。
ドアが閉まっているのを確認した彼女。
ブルマはそっと
それを取り出してみた。

血の匂いがする。
彼の流した血の匂いが。

どうかしていると思う。
こんなものを
隠し持っている自分が。















「強く生きろ。
…それが答えだ。」

ベジータはあの時そういった。
瞬きひとつすることなく
ブルマを見据えてそういった。
ブルマは思わず
ベジータのひとみを見返した。
吸い込まれそうな
黒くて深いひとみの奥に
情けない自分の姿が
はっきり映っていた。

ベジータは視線が合うと
少し頬を赤くした。
そしてさっと目をそらした。
小さな、
それでもよくとおる
少年のような声で
ベジータは語りかけた。

「・・・もう
冷えるからな。
家に帰れ。」
「ベジータはどうするの?
いっしょに帰ろう・・・。」

ベジータは思わずブルマのほうを見た。

「俺が?」
「うん。」
「貴様とか・・・」
「そうよ」
「・・・あそこは
俺のいる場所じゃない。」
「どうして?」
「俺は貴様らとはちがう・・」
「・・・」
「だいたい貴様、
俺がこわくないのか?」
「・・・」
「俺はな
おまえを今でも殺すかもしれない・・・。
地球人の命なんて
なんとも思っちゃいないんだ。
俺は
元々この星を滅ぼしにきた男だ。」
「そうね・・・」
「カカロットを殺したら
次は貴様の番かもしれないぞ。」
「あたしを殺すの?」
「そうだ」
「なんのために?
あたし
あんたがそんな悪い人だと
思えないの・・。」

ベジータはふっとわらった。

「なにいってやがる」
「生まれながらの悪人なんて
いないわ。」
「いるさ。
この俺だ。」
「・・・」
「おまえの男を殺させたのが俺だと
貴様は忘れたわけはないだろう。」
「・・・」
「俺はな
殺してきたんだ。
何百人も何千人も
殺しながら生きてきたんだ」

さっと風が通り過ぎた。
ブルマの唇が乾いた。

「・・なぜ
そんなつらそうな顔をするの・・・・。」
「・・・」
「今のあんたは
とてもつらそうな顔を
しているわ。」
「・・・」
「楽しんで人殺しをしてきたとは思えない。」
「貴様の言っている言葉の意味が
わからない。」
「どうして?」
「まったく地球の女は・・・。」

ベジータはブルマに手を差し出した。
その顔は少し微笑んでいるように
ブルマには見えた。

「つれて帰ってやる。
さあ、たて。」
「・・・」
「はやくしろ」
「・・いい・・自分で帰る・・・。」
「そうか・・・。」
そのかわり・・」
「なんだ」
「あたしにその
あんたの手袋をちょうだい。」
「どうするんだ」
「いたんでいるから・・・
かわりのを作っておいてあげるわ。
・・・ね」
「・・勝手にしろ。」
手袋を脱いだ白い手がブルマの手のひらに
すこしだけ
ふれた。












ブルマは手袋を手に取った。
獣のような
ベジータの匂いがする。
ヤムチャよりも
悟空よりも
冷たくさびしい匂いがする。
風にのって彼の声がきこえる気がする。



ベジータが戻ってきたときはいつだって
戦闘服はずたずたで
プロテクターには黒いしみがべったりついている。
特殊な素材の手袋は焼け焦げて
所々穴があいている。
地球にはベジータより強いものはいないはずなのに
ベジータは傷ついている。
額を割って
あちこちに切り傷を負って帰って来る。

それはどういうことなんだろう。

自分で自分を傷つけている、ということなのだろうか?
ちらりと見た彼の裸体。
着替えを置きにシャワールームに行ったとき
ドアの隙間から一瞬見えた彼の背中。



傷跡だらけだった・・・。





その背中を思い出して
ブルマは思わず
ぎゅっと手袋を握り締めた。
そうしてそれを自分の頬に当ててみた。
しっかりしっかりあててみた。
目頭が熱くなり
ブルマの頬に涙が流れた。





どうして泣いているのか
自分でもわからなかった。



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